ベトナムオフショア指南
- 作業の自由度と明文化の関係 -
自由度の高い作業をこなすエンジニア育成を目指して
Update 2010.01.06要求されている成果品を仕上げるために、何段階もの複雑な工程を経るIT系の業務。指示する際には、当然ですが、その開発全体の構成から細部までの技術的要求事項を理解したうえで指示書を作成する必要があり、指示者には技術力だけでなく、かなりの文章作成能力が求められます。
アメリカは、かなり以前からインド・中国のIT企業を積極的に活用していますが、日本では私の知っている範囲で日本の企業が大成功している例を聞いたことがありません。 日本人が、自由度の高い業務に対して、適切な作業指示書を作成することが苦手だからだと、私は考えています。
最近では、ベトナムのITオフショアにおいて、日本側による教育訓練により、徐々に能力の底上げが実現しています。
当社でも実務と日本語を同時に学べる研修システムを導入することで、以前と比べ、指示者⇔作業者間の意思疎通がスムーズになりました。自由度の高い作業における日本人の負担が大幅に軽減されていくでしょう。
現在当社では、エンジニア系の知識を身につけた新卒人材の教育訓練に力を入れて取り組んでいます。目標レベルは、日本企業で通用するエンジニア。もともと自己啓発力の高い彼らが今後、日本企業の主戦力となる日は、そう遠くはないはずだと信じています。複数の要素が相互作用する作業に課題
Update 09.12.17たとえばウェブデザインの場合、コーディングの技術があるからといって、コンテンツと構成図を渡しただけでは、日本の顧客が満足するレベルには仕上がりません。
日本人になら「見た目がシャープでクールな感じになるように」と伝えれば、ある程度正確にこちらのイメージが伝わります。ところがベトナム人は色や、デザインの感覚が日本人とは根本的に異なります。シャープでクールという言葉からは、日本人ならブルーやグリーンなど寒色を用いた、鋭角で直線的なデザインが生まれるでしょう。しかしベトナム人だと、オレンジや黄色などの原色、曲線と円形を組み合わせた構成になるかもしれません。
クールな色とは、シャープな形とは、ビジネス仕様のデザインとは、これを実際に作業に落とし込むための手順は…。ベトナム人オペレーターに日本人の求める「シャープでクールな見た目」を理解してもらうには、これらを逐一明確に言語化する必要が生じます。
図を見てください。
これは、私なりに、海外で生産を行う場合の作業の自由(複雑)度と明文化の必要性の関係を表した概念図です。
当社が現地オフィスで手がけているのは、CADやGIS、電子納品などデータ化関連の業務ですが、自由度の高い業務になるほど、日本人スタッフが、明文化作業にエネルギーを注がねばなりません。精神風土の違う相手に業務を任せる際は、「これくらいは分かってくれるだろう」と暗黙の了解や阿吽の呼吸を期待しても、思うような結果は絶対に得られません。シンプルで明確な文章で、必要な作業をすべて網羅した指示書を準備する必要があります。
越進出日系企業は本当に成功しているのか?
Update 09.12.14近年、ベトナムは、チャイナ+1としての存在感をますます強めています。低コストであるので価格競争力を高めることができる生産拠点と、中国とは比べものになりませんが二ホンの人口の約80%ある市場として魅力に感じ、日本からも多くの企業が進出しています。ベトナム側も誘致に積極的な姿勢を見せており、各地にインフラが完備された工業団地を設置。雇用の創出や地域経済の活性化にもつながっているようです。たとえば比較的早期に工業団地の開発が進んだ南部ビンズオン省には、新たに大学や住居、娯楽施設などを備えた大規模な「工業都市」の整備も進められており、省・民が連携して海外企業の誘致に力を入れて取り組んでいます。
こうした工業団地で成功をおさめている日本企業においては、ベトナムの、若く意欲に満ちた働き手は、手先が器用で仕事を覚えるのが早く、仕上げも丁寧と評判。中国に進出経験をもつ企業からは「ベトナム人の従業員はおしなべて中国よりも勤勉で仕事の仕方も丁寧で、優秀」と評価する声があがっています
しかし、ITシステム開発や、見た目を重視するウェブデザインのように、生産において文書化が困難、自由度が高く創造性を要求される業務はそうはいきません。(続く)
- 方位磁針の設定を誤るな -
「現場のマネジメント=リスクマネジメント」という意識で
Update 09.12.03方位磁針を思い浮かべてください。1度や2度角度が違っていたとしても、航海に出たばかりのときには、その差は距離にしてわずかなものです。しかし、航海が長くなるにつれて、計画していた位置から大きくはずれていき、目的地にたどりつけなくなります。多くの人をマネジメントするには、航海で用いる方位磁針の精度と同じくらいの慎重さを要するということなのです。
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当社の東京オフィスには「誤った一歩は誤った100歩になる」と大書きしたポスターが貼ってあります。ベトナムで180人規模のオペレーターを使って業務を行う場合の、誤った指示による影響の大きさをいましめるものです。 |
弊社では作業をベトナムの現地法人(DSI-V)で行う場合、差魚う指示書を作成します。100人のオペレーターが携わっている作業の指示書に誤った記述があった場合、1日の作業で100人分の労働力が無駄になります。このミスに20日間気がつかなければ、100人×20日=2,000人/日の労働力を損失することになります。
このような事態を引き起こさないためにも、現場の日々のマネジメントは「いかにコミュニケーションミスを防ぐか」とイコールであると心得て取り組んでいます。
現地オフィスの管理者は1人か2人
Update 09.11.06海外拠点で勤務する、現地スタッフ100人に対して日本人スタッフは、人件費の面の制約から1人か2人程度が駐在するのが普通です。もちろん業種によっては、もっと少ない日本人を駐在させることもあり、またその逆もありますが、いずれにせよ日本人スタッフがコアとなり、多くの現地スタッフをマネジメントすることになります。ここで、心に留めていて欲しいことがあります。
図を見てください。
2人に作業指示を出し、2人とも誤った解釈をして作業を進めた場合、1日目は2人分のミス、2日目には2人×2分=4のミスが発生します。
これが100人の作業者に対して出した指示内容に不備があった、あるいは、作業員が指示内容を誤って理解した場合はどうでしょうか。たとえ20人が正しく理解していても、80人が誤った手順で作業を進めてしまったら、2日で80人×2=160のミスが発生します。160の手戻り&やり直しが生じてしまうのです。
- 読む気になれないトリセツ≠マニュアル -
手戻り案件と納期遅れの根本的要因とは
Update 09.10.30総じて日本人は、明確な作業指示を出すことに慣れていません。特に、誰もがわかりやすい明確な文章によるマニュアルを作るのが不得手のようです。もちろん専門的なマニュアルは多く存在します。しかし、専門性の高いマニュアルは「専門知識のある人間だけに通じる文章表現」によって書かれていることが多いものです。もちろん、限られた人々が読む場合ならこれで十分でしょう。
しかし、本来は、そのサービス(製品)を見たことも、作ったこともない人間が、読んですんなりとわかるような内容にすることがマニュアル化の目的であって、専門知識のある人同士の単なる了解事項ではないはずです。最近だいぶ簡易化されてきていますが、OA機器などの取扱説明書=マニュアルには専門用語が多く、「難しすぎて読む気がしない」と敬遠されがちです。本来ならマニュアルは、ユーザーの視点に立って作られるべきもの。ユーザーが読んでもわからない、読む気になれないマニュアルは、本来のマニュアルの役割を果たしていないのです。
オフショアの現場で発生する手戻り案件の多くも、作業者の視点に立った的確なマニュアルや、これを補う管理者による丁寧な説明がないことに起因する可能性が十分考えられます。
マニュアルを私は「自分が相手にしてほしいことを的確に伝えるコミュニケーション能力」だととらえています。これを前提とすれば、日本人は圧倒的なコミュニケーション能力不足です。インドや中国でオフショアがうまくいかないのは「英語が通じない」「文化が違う」「日本から遠い」…という表面的なことだけが問題なのではありません。すべては、「相手に伝えたいことを明確に」伝えていないことに端を発しているのです。
ここで大切なのは「自分が相手にしてほしいことを的確に伝える」作業のなかには、相手が直面するであろう、相手にとっての「想定外」までを想定し、あらかじめ解決策を指示するという作業まで含まれるということです。日本人は、これを怠っています。自分が了解している事項は、相手が分かっているはずという思いこみ…「阿吽の呼吸」という日本でなら美点となることが、オフショアの現場ではマイナス面として働いているのです。相手に指示内容が伝わらないというより、はなから伝えようとアクションを起こしていないも同じです。このことを棚に上げ、納期に間に合わなかったり規格違いに仕上がってしまうのを「いい加減だ」「簡単な指示ひとつ理解できない」「言い訳ばかりが達者」などと批判するのは、筋違いというものです。日本人は、いま一度自身のコミュニケーション能力を振り返ってみる必要があるのではないでしょうか。
明文化~仕様、要求、指示の違い
Update 09.10.26発注者と受注者の間で、サービスや製品の受発注があった場合、それを成果品として完成させるには3種類のドキュメンテーションが必要となります。「仕様(Specification)」「要求(requirement)」「作業指示書(work instruction)」です。
たとえば「箱入りティッシュを作る」という注文があったと仮定します。これに伴う要素を仕様、要求、作業指示書に分け、受注者と発注者という立場から、それぞれの位置づけを表すと、以下のようになります。
※もちろん、これは実際の箱入りティッシュの作製方法ではありません。
例:箱入りティッシュ作製マニュアルのコンテンツ
| 仕様書 (specification) |
要求事項 (requirement) |
作業指示書 (work instruction) |
| お客様から(発注者) | 生産側(受注者) | 生産側(受注者) |
全体像に関する要求
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作成方法の検討
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作成方法の検討
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仕様書はお客様からの要望で、要求事項は仕様を満足するために必要となる追加的な仕様。仕様書や要求事項を整理して、作業者がすべき内容や手順を説明する文書が作業指示書です。
部屋に花を活けてほしいとメイドに指示する例でいえば、美しくバランスよく花が花瓶に活けてある状態が仕様、花瓶の種類や、どんな花をどのくらいの長さに切りそろえて欲しいかを示したものが要求事項、花に虫がついていたり枯れていたりといった事態に際しどう対処すべきかを明示したものが作業指示書です。
このなかで、実際に作業するうえで最も重要になるのが、要求事項を作業指示書に落とし込む過程です。
- 「人間力」の日本VS.「マニュアル力」の欧米人 -
ブリティッシュ・スタンダード
Update 09.10.22双方の、ある事象に対する認識の違いを想像し、生じ得る問題を洗い出し、解決するために必要な作業を具体化して相手に伝える…これを繰り返すうちに発達したのが「自分が相手にしてほしいことを的確に伝えるコミュニケーション能力」です。これが「マニュアル」の原点であると思います。
さらにイギリスでは、こうした「マニュアル」を、繰り返し、さまざまな場面で作成し、運用していくうちにすべての作業には一定の規格があるべきだということに気づいたはずです。それが後に、国際標準にもつながった工業規格「BS=British Standard」として確立したのではないかと想像します。
私は約20年前にスリランカにおいて、ある設計事務所が、オーストラリアの業者から豪州国内の建築物の設計案件を受注し、作業していることを知りました。オーストラリア側の発注者が、そこにいたわけではありません。これなどまさにオフショア案件です。
そのとき通信手段に使っていたのは、ファクスや電話、国際宅配便のFedExや国際郵便です。電話やファクスは、天気が悪いと通じなくなってしまうような状況でした。オーストラリアもスリランカも、かつてイギリスの領土だった時代があります。イギリス式マネジメント法は、両国の共通認識として浸透していたはず。だからこそ、十分整っているとはいえない通信環境下でも、業務が成り立っていたのでしょう。
BSはいわば、イギリスが長い間かけて世界の国々に進出した経験から開発したビジネスツール。世界161カ国75万以上の組織で採用されたISO9000シリーズの先駆けとなった規格など、マネジメントシステムも多く開発されています。
「現場はオレに任せろ」の落とし穴
Update 09.10.19概して日本人ビジネスマンは「管理者が現場に行って口頭で指示すれば、なんとかなる」と考え、マニュアルは補足程度に据えているようです。欧米人とは大違いです。 私はこの違いを「日本人=人間力」、「欧米人=マニュアル力」と表現しています。人間力、というと聞こえはいいですが、これは、文書による責任の所在をあいまいにさせる日本流ビジネスのマイナス面を表した言葉です。決して誉め言葉として使っているわけではありません。
海外の現場に行ける日本人従業員は、少数に限られます。対して現地スタッフは、100人規模のことも少なくありません。複数の現地スタッフを動かす必要のあるオフショアで、少数の管理者の口頭指示に頼るのは、継続性の期待できる運用方法とはいえません。
一方、欧米企業では、本国から派遣された少数のスタッフが複数の作業スタッフ一人ひとりに作業内容を詳細に伝えるのに、詳細で、誰もが見て分かりやすく書かれたマニュアルを活用しています。
この2つの違いが、欧米がインドや中国など文化や言語の異なる国でオフショアを成功させている背景、反対に日本が失敗する根本要因だと私は考えます。「使用言語」や「距離」だけの問題ではないのです。多くの日本企業が撤退せざるを得なくなる要因は、この、詳細で分かりやすく文書化したマニュアルによる指示能力の不足だと、私は考えます。
「世界の工場」大英帝国が編んだ「マニュアル」
「虫がついた花は活けない」をマニュアル化
Update 09.10.15
言語、宗教、生活習慣、文化、教育水準や内容が異なる人々と相互理解をするのは並大抵のことではありません。ましてやそうした人々に作業を指示して期待どおりの仕事をしてもらうのは、たとえていえば、トマトソースパスタを見たことも食べたこともない人にそのレシピを見せて作らせるようなものです。イギリス側も同様に、思いもよらない事態に直面することになったのです。
たとえば、ある家庭で夫人がメイドに「花瓶に花を活けるように」と指示したとします。ところが、そのメイドは、自分の家で花瓶に花を活けるという習慣がありません。一方、夫人のほうは高さもそろい、ほどよく葉が刈り込まれ彩りよく活けられた様子を想像して作業を指示しています。ましてや枯れていたり、葉の裏に虫がついている花を活けるなど思いもよらないことです。
しかし、メイドはそんなことを露とも想像できず、道端に咲いている、虫のついた花を摘んできて、無造作に突っ込んでしまいます。当然夫人は、この想定外の事態に際し、卒倒しそうに驚くわけですが、これは致し方ないことなのです。なぜなら、メイドは花を活けるということにはどんな準備が必要で、どのような必須条件があり、完成品がどういう状態なのかを知らなかったわけですから。
こうした齟齬を克服するためには、もっと明確で詳細な指示を与える必要があります。「虫がついていたら花は活けない」「一本一本の長さは肘から中指の先までに切りそろえる」「葉は茎の上のほうに2、3枚だけ残し後はすべて切り落とす」といった具体的条件をあげ、その作業を初めてする人でもわかる指示内容(=マニュアル)でなければなりません。
この例はあくまで想像ですが、同じようなことはあらゆる場面で生じたはずです。入植先の社会を潤滑に機能させるために、イギリス人はさまざまなケースにおいて明確の指示を与える必要に迫られました。そうするうちに、誰にでも分かりやすい言葉で指示内容を文書化するという習慣を体得していったに違いありません。
入植者と被入植者の「雇用関係」
Update 09.10.09
欧米人は、契約書をはじめ、ビジネスの場で交わされる文書を重視し、効力を持たせます。
こうした「文書至上主義」はあらゆるビジネスシーンに適用されています。マニュアルも例外ではありません。欧米では、技術も知識も異なる複数の作業者の、だれもが理解できる、詳細かつ簡潔な文書表現によるマニュアルが当たり前に作られています。
ではなぜ、欧米には、こうした「文書至上主義」が浸透しているのでしょうか。
この答えを見つけるには、歴史をさかのぼる必要があるでしょう。すなわち、大英帝国による領土拡大の歴史です。イギリスは17世紀ごろから、アメリカ、オセアニア、アフリカ、東南アジア、南西アジアに進出し、領土を広げました。各国への入植後は、その国の土地をプランテーションとして利用してその国の人々を農作業者として活用したり、イギリス人家庭のハウスキーパーに雇い入れたりしました。さらには、鉄道を敷いて列車を運行させ、港を作って船の入出港を行いました。つまり、イギリスという国のシステムそのものを、入植した国に持ち込み、その国の人たちをシステムの運用者として活用したのです。そこには、指示する者と指示を受けて仕事をする者、つまりプロジェクトの指揮者と作業スタッフともいうべき関係が生まれました。
私が駐在しイギリス人と一緒に仕事をしたスリランカに、「大英帝国」は18世紀末に入植を始めました。想像してみてください。当時のスリランカに、「会社組織」の従業員として仕事をするという概念があったでしょうか。イギリスが入植したことにより、スリランカの国民は、それまで自分たちの生活空間には存在しなかった作業を行う事態に直面しました。たとえば、船が入出港するには、それを管理するシステムが必要となります。スリランカの人々は、Shipping Document(船積書類)を作って港に出入りする船を管理するという、これまで経験したこともないような業務につくことを強いられたのです。 ここで、あえてイギリス側の視点に立ってみます。
ダム建設現場で目の当たりにした欧米の「契約書主義」
「文書至上主義」の欧米人
Update 09.10.06
スイス、イギリスの2つの例からは、欧米人の、契約書に絶対的効力を持たせる「契約主義」の姿勢を伺い知ることができます。いったん完成した契約書は、関係者全員の共通認識として事業が進行します。
欧米人のビジネスには、すべてにこの、「文書ありきの業務運用」が浸透しているのです。業務で活用される文書は一度切りで役目を終えることはなく、複数の人が継続して共有するシステムの一部として機能しています。
反対に、日本人は文書や契約書に対する認識が甘いようです。いったん「契約書」が作成されても、「仮」がついて何度も書き換えられ、改訂版が複数存在する例さえ見かけます。そして、見栄えを重視し、体裁を整えることを優先させます。
欧米と日本の違いは、一見、商習慣上の表面的な違いに見えるかもしれません。
しかし、複数の人の共通認識となる分かりやすい文書を作り、業務体制の一部として機能させることは、オフショア事業をするうえでの基本です。この欧米の「文書至上主義」こそ、多国籍の人がかかわるグローバルビジネスの成否のカギをにぎると、私は考えます。
説明文を線で消して「項目3」を残す理由
Update 09.10.02
業務上必要な文書に関することでは、スリランカでイギリスの業者と仕事をした際にも非常に興味深い体験をしました。
それは「工事契約書の1つである工事仕様書」の運用システムです。
たとえば、ビル建設工事に関する工事仕様書というものがあったとします。これに仮に「1.概要」「2.コンクリート」「3.設備」「4.電気」「5.その他」といった項目があると仮定します。そして、ある案件では、「3.設備」の項目は必要なかったとしましょう。その場合、みなさんならどうしますか。多くの方は、3.の項目を削除し、「4.電気」の項目を「3.電気」として、すべての項目を繰り上げるのではないでしょうか。手書きのマニュアルならまだしも、20年前とはいえワープロで作成したもの。まがりなりにも電子データなわけですから、つくり直すのはいとも簡単です。少なくとも私だったらそうしたでしょう。
ところが、イギリス人の場合は違いました。担当者は必要のない「3.設備」の項目は残し、説明部分の内容は線で消して、わざわざ「not applicable」(適用外)と書き添えたのです。
私はそれを見て言いました。「なぜ、そんな些細なところで手を抜くのか。ワープロで消して、見栄え良く作り直せばよいではないか」と。
すると、担当者はこう答えました。「これは、我々の会社の『標準工事仕様書』である。工事契約書に含まれる一文書なので、むやみに中身を変えることはできない。さらに、この標準工事仕様書は、他のあらゆる案件の契約書に『標準工事仕様書3-1を参照』といった形で引用される。言ってみれば全社員の共通認識となるバイブルのようなもの。皆の頭には“項目3=設備に関すること”と、インプットされている。一部でも変えると、混乱が生じる」。
この工事仕様書が、契約書の一部であること、それが、全社共通の標準仕様であることから下手に変更を加えると他に与える影響が多大であること…「項目3」を残す背景には、こうした事情があったのです。
ちなみに、逆に、「設備」に関連する内容で付け加えるべき事柄が生じた場合には、「3.設備」に付け加えるのではなく、仕様書の末尾に「appendix(付録)」として記載します。しばらく附録がある形で運用したのち、その内容が浸透し、汎用性があるものだと判断された時点で「3.設備」の項に組み込むことになります。
海外案件で引き継ぎをしない、スイスの担当者
Update 09.09.28もう20年近く前、私がまだ建設コンサルタント企業の社員だったころのことです。5年間かけて完遂するプロジェクトを担当するため、スリランカに派遣され、コロンボから自動車で5時間ほどかけて行く山奥のダム現場に駐在していました。このときは、スイスのコンサルタント企業が同じプロジェクトに関わっていました。
ここで驚いたのは、スイスの会社は2年経つと担当者が代わってしまい、交代するときには前任者は任期を終えると後任者との引き継ぎの期間を持たず、さっさと帰国してしまうということでした。日本なら、よほどのことがない限り、前任者が後任者に懇切丁寧に仕事の手順や連携先との連絡方法など必要な情報を伝えてから交代します。ましてや海外の現場は、本国とは勝手が違いますから、前任者なりにつかんだ現地情報やコツなども後任者に伝えたいところです。
そのスイスのコンサルタントの場合、後任者がやって来て仕事を始めてからも、支障なく業務は遂行されているようでした。戸惑うことも頓挫することもないようです。不思議に思い、様子を見ていてしばらくすると、その理由が分かりました。業務の情報を整理する文書が完璧なのです。
文書、つまりマニュアルを読み、そのとおりに業務を進めさえすれば滞りなくプロジェクトが進行してしまう…日本ではちょっと考えられないことです。
しかし、このことは、そのスイスの会社に限ったことではなかったのです。





